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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)76号 判決

原告

石坂高志

ほか二名

被告

山岸隆義

主文

一  被告は、原告石坂高志に対し金二〇九二万四四七八円、原告田島伸彦に対し金二三八六万五六九五円、原告田島千秋に対し金二六万八六四〇円及び右各金員に対する昭和五九年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告石坂高志に対し三八八四万八六六六円、原告田島伸彦に対し四一七三万五八四七円、原告田島千秋に対し三七万八六四〇円及び右各金員に対する昭和五九年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し自賠法三条及び民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和五九年七月二九日午後三時五五分ころ

(二) 場所 石川県加賀市熊坂町イ一九七番地先国道八号線路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(福井五六は一二二七)

(四) 被害車 原告石坂高志(以下「原告高志」という。)運転、原告田島伸彦(以下「原告伸彦」という。)、同田島千秋(以下「原告千秋」という。)ほか二名同乗の普通乗用自動車(名古屋五四ふ四九六六)

(五) 事故態様 加害車が本件事故現場付近の道路を進行中、被告の居眠り運転によりセンターラインを越えて対向車線に進入し、対向車線を進行してきた被害者に正面衝突したもの。

2  責任原因

被告は、加害車を保有して自己の運行の用に供するものであり、かつ、前記のとおり居眠り運転により対向車線に進入した。

3  傷害及び治療経過

(一) 原告高志

原告高志は、本件事故により、第二腰椎圧迫骨折、左第二指捻挫、全身挫傷の傷害を負い、以下のとおりの治療を受けた。

(1) 昭和五九年七月二九日から同年八月二九日まで市立小松総合病院に入院(三二日間)。

(2) 昭和五九年八月二九日から同年九月二七日まで芳珠記念病院に入院(三〇日間)。

(3) 昭和五九年九月二七日から同年一一月三日まで麻布病院に入院(三八日間)。

(4) 昭和五九年一一月四日から昭和六一年三月三一日まで麻布病院に通院(実通院日数三九日)。

(5) 昭和五九年一一月一〇日から昭和六〇年六月一五日まで小山中央診療所に通院(実通院日数二七日)。

(6) 昭和六一年七月一二日から同年八月五日まで木村整形外科に通院(実通院日数二日)。

(7) 昭和六二年六月一九日名城病院整形外科に通院(実通院日数一日)。

(二) 原告伸彦

原告伸彦は、本件事故により、右股関節脱臼骨折、頭部外傷、右胸背部打撲、右腰臀部・股関節挫傷等の傷害を負い、以下のとおりの治療を受けた。

(1) 昭和五九年七月二九日から同年七月三〇日まで久藤病院に入院(二日間)。

(2) 昭和五九年七月三〇日から同年九月一七日まで金沢大学医学部付属病院に入院(五〇日間)。

(3) 昭和五九年九月一八日から同年一〇月一五日まで名古屋市立東市民病院に通院(実通院日数三日)。

(4) 昭和五九年一〇月一六日から同年一〇月二六日まで東京厚生年金病院に入院(一一日間)。

(5) 昭和五九年一〇月二七日から昭和六二年九月九日まで右病院に通院(実通院日数二二日)。

(三) 原告千秋

原告千秋は、本件事故により、頸椎捻挫、右胸部打撲、右第五・六肋軟骨皹裂骨折、腰部挫傷、右大腿打撲、皮下出血の傷害を負い、以下のとおりの治療を受けた。

(1) 昭和五九年七月二九日から同年七月三〇日まで久藤病院に入院(二日間)。

(2) 昭和五九年七月三〇日から同年八月一四日まで金沢大学医学部付属病院に入院(一五日間)。

二  争点

被告は、原告らの損害額を争い、後遺障害の内容・程度については、原告高志が自賠法施行令二条別表後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)の併合一〇級に、原告伸彦が後遺障害等級の併合一一級に各該当すると主張するのに対し、被告は、原告高志及び同伸彦のいずれについても後遺障害等級の一二級を超えるものでないと争つている。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  原告高志 合計二六七八万三五二八円

(一) 治療費(請求も同額) 二九九万一三七〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(二) 付添費(請求三二万八五〇五円)二七万一五〇五円

(1) 職業付添人費用(請求も同額)一三万八五〇五円

右金額は、当事者間に争いがない。

(2) 家族付添費(請求一九万円) 一三万三〇〇〇円

前記争いのない事実判示の原告高志の症状及び治療経過並びに甲一の四・五、原告高志本人によれば、原告高志は、麻布病院入院中の昭和五九年九月二七日から同年一一月三日までの三八日間、付添いを要する状態にあり、その間同人の義姉と長女が付き添つていたことが認められ、右付添費は一日当たり三五〇〇円と認めるのが相当であるから、三八日間で右金額となる。

右(1)及び(2)の合計額は二七万一五〇五円となる。

(三) 入院雑費(請求一四万八五〇〇円)九万八〇〇〇円

原告高志は、前記争いのない事実判示のとおり、昭和五九年七月二九日から同年一一月三日までの九八日間入院し、この間の入院雑費は一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、合計で右金額となる。

(四) 装具代(請求も同額) 一万五九〇〇円

甲一の一・二及び甲三によれば、原告高志は治療中、腰椎軟性コルセツトの装着を要し、その購入費として右金額を支出した事実を認めることができる。

(五) 交通費(請求も同額) 五五万五七八〇円

(1) 転医に伴う交通費(請求も同額)五万一四八〇円

甲四の一・二、甲三八、原告高志本人によれば、原告高志は、昭和五九年九月二七日、石川県の芳珠記念病院から東京の麻布病院へ転院し、その際、芳珠記念病院から小松空港までのタクシー代三八一〇円、小松空港から羽田空港まで原告高志及び付添者の分並びに羽田空港から小松空港まで付添者の帰路分として航空運賃四万三八六〇円、小松空港から芳珠記念病院まで付添者の帰路分のタクシー代として三八一〇円を支出したことが認められ、その合計は五万一四八〇円となる。

(2) 通院交通費(請求も同額) 一五万〇九〇〇円

原告高志は、前記争いのない事実判示のとおり、麻布病院に三九日、小山中央診療所に二七日通院し、甲五の一・二並びに原告高志本人によれば、その際公共交通機関を利用することができないためタクシーを利用し、麻布病院への往復の交通費として一回当たり一一〇〇円、小山中央診療所への往復の交通費として一回当たり少なくとも四〇〇〇円を支出したことが認められ、その合計は一五万〇九〇〇円となる。

(3) 通院交通費(請求も同額) 三五万三四〇〇円

前記争いのない事実判示の原告高志の症状及び治療経過並びに甲六、甲三八によれば、原告高志は麻布病院退院後も公共交通機関を利用することができず、昭和五九年一一月四日から翌六〇年四月末頃までの一一四日、勤務先から自宅への帰路にタクシーを利用して一回当たり少なくとも三一〇〇円を支出したことが認められ、その合計は三五万三四〇〇円となる。

右(1)ないし(3)の合計は五五万五七八〇円となる。

(六) 休業損害(請求も同額) 一三三万九一七五円

右金額は、当事者間に争いがない。

(七) 後遺障害による逸失利益(請求三〇三二万八四八六円) 一七二一万一七九八円

(1) 後遺障害

甲一の一ないし一一、甲二の一ないし三、甲三八、証人米田實、原告高志本人、鑑定及び弁論の全趣旨によれば、原告高志の傷害は、胸腰椎不橈状態の障害を残して昭和六一年七月一二日症状が固定し、そのため腰椎の屈伸とくに屈曲が高度に制限され、腰を曲げないと下の物が拾えず、しやがまないと靴が履けないなど日常生活に不便がある状態であるが、右後遺障害は後遺障害等級の一一級七号に該当することが認められる。

(2) 逸失利益

甲一のないし一一、甲七(成立は原告高志本人)、甲三三の一・二、甲三四ないし三六、甲三七の一・二、甲三八、甲三九、原告高志本人及び弁論の全趣旨によれば、原告高志は昭和五年三月二五日生まれの男子であり、本件事故当時株式会社三菱自動車工業(以下「三菱自工」という。)社長室技師長の要職にあつたこと、右地位にあつて本件事故前の昭和五九年五月、社長より同社の基幹車種であるデボネアのモデルチエンジの総合取りまとめ役の特命を受けたが、本件事故により入院したこと等によりその任に耐えられず、昭和六〇年七月に予定されていた参与への昇格が見送りとなつたこと、昭和六一年七月、同社の開発本部乗用車技術センター副所長(参与待遇)に転出したが、ここでは幹部として開発中の試作車に自らテストドライバーとして試乗して研究成果を確認する必要があつたが、本件後遺障害のためこれを十分にこなすことができなかつたこと等から昭和六二年六月突然移籍退職を勧告され、同月三〇日三菱自工を退職し、翌七月一日株式会社岡崎三菱自動車教育センター(以下「教育センター」という。)代表取締役副所長に就任したこと、右人事はいずれも三菱自工内部では降格人事と考えられるものであること、原告高志には三菱自工を退職した年である昭和六二年一二月末までは年額一三〇七万六五六九円の収入があつたが、教育センターへ移籍後の原告高志の年収は、昭和六三年度九九一万八〇〇〇円、平成元年度一〇一四万六三〇五円と減収になつたこと、三菱自工における定年は五七歳六か月であるが、実際には六〇歳まで定年延長がなされており、定年延長後の給与は、参与の場合は減額されることなく五七歳六か月時における給与と同額が支給されることが認められる。

(3) 右(1)及び(2)に認定の事実よりすれば、原告高志は、本件後遺障害のため、前記症状固定時の昭和六一年七月一二日(五六歳)から六七歳に達するまでの一一年間を通じて、その労働能力の二〇パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

そして、原告高志は、本件事故に遭わなければ、右症状固定の日から六〇歳に達するまでの間、少なくとも前記年収一三〇七万六五六九円を得ることができたと推認するのが相当であり、また経験則上、六〇歳から六七歳に達するまでの間、少なくとも右年収の六割程度である七八五万円の年収を得ることができたと推認するのが相当である。

以上を前提にして、ホフマン係数を乗じて原告高志の逸失利益の症状固定時の現価を求めると、一七二一万一七九八円となる。

13,076,569×0.2×3.564=9,320,978

(60歳までのホフマン係数)

7,850,000×0.2×(8.590-3.564)=7,890,820

(61歳から67歳までの7年間のホフマン係数)

9,320,978+7,890,820=17,211,798

(八) 慰藉料(請求―入通院二五〇万円、後遺障害四〇〇万円) 四三〇万円

(1) 入通院慰藉料 一七〇万円

原告高志の受傷の部位・程度、入通院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(2) 後遺障害慰藉料 二六〇万円

原告高志の本件後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

右(一)ないし(八)の損害額の合計は、二六七八万三五二八円となる。

2  原告伸彦 合計二八七〇万七四九九円

(一) 治療費(請求も同額) 一八八万五九〇〇円

(1) 東京厚生年金病院入院分まで(請求も同額) 一五二万四九八〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(2) 同病院通院分(請求も同額) 三六万〇九二〇円

甲一七及び弁論の全趣旨によれば、右金額が認められる。

右(1)(2)の合計額は、一八八万五九〇〇円となる。

(二) 付添費(請求四〇万五一二四円)三三万九一二四円

(1) 職業付添人費(請求も同額) 一八万五一二四円

右金額は、当事者間に争いがない。

(2) 家族付添費(請求二二万円) 一五万四〇〇〇円

前記争いのない事実判示の原告伸彦の症状及び治療経過並びに甲一五の一ないし五、甲二九及び原告伸彦本人によれば、金沢大学医学部付属病院入院中の昭和五九年八月一六日から同年九月一七日までの三三日間及び東京厚生年金病院入院中の同年一〇月一六日から同月二六日までの一一日間、原告伸彦は近親者の付添を要する状態にあり、その間原告伸彦の妻千秋が付き添つたことが認められ、右付添費は一日当たり三五〇〇円と算定するのが相当であるから、合計で一五万四〇〇〇円となる。

右(1)(2)の合計は、三三万九一二四円となる。

(三) 入院雑費(請求九万三〇〇〇円) 六万二〇〇〇円

原告伸彦は、前記争いのない事実判示のとおり、昭和五九年七月二九日から同年九月一七日及び同年一〇月一六日から同月二六日までの合計六二日間入院し、この間の入院雑費は一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、合計で右金額となる。

(四) 休業損害(請求も同額) 六二万六七〇〇円

右金額は、当事者間に争いがない。

(五) 住居費(請求も同額) 三六三万六五七〇円

甲一九の一・二(成立は原告伸彦本人)、甲二〇の一・二、甲二九、原告伸彦本人によれば、本件事故後、原告伸彦は公共交通機関を利用しえない状態にあつたこと、そのため川崎市にある同人の自宅から、都内にある勤務先である富士銀行本店への通勤に困難を来したこと、これらの事情により、被告と協議の上、左記のように転居し、そのための費用を支出したことが認められる。

(1) ホテル代(請求も同額) 二六万一五七〇円

原告伸彦は、昭和五九年一〇月三一日から同年一一月一九日までホテル霞友会館に宿泊したが、その間の宿泊費として右金額を支出した。

(2) マンシヨン賃料等(請求も同額) 三三七万五〇〇〇円

原告伸彦は、昭和五九年一一月二〇日、東京都中央区のマンシヨンを賃借して居住し、東京都江東区のマンシヨンに移転した昭和六二年一月二五日までの二五か月間、月額一三万五〇〇〇円を支払つたので、その合計は右金額となる。

右(1)(2)の合計額は、三六三万六五七〇円となる。

(六) 装具代(請求二万五〇〇〇円) 一万三五〇〇円

甲二一の一ないし五(成立は原告伸彦本人)によれば、原告伸彦は松葉杖その他の購入費として、一万三五〇〇円を支出した事実を認めることができる。

(七) 交通費(請求も同額) 一五〇万八四〇〇円

(1) 転医に伴う交通費(請求も同額)八万八七〇〇円

甲二二(成立は原告伸彦本人)及び甲二九によれば、原告伸彦は昭和五九年八月二二日金沢大学医学部学部付属病院を退院して実家のある名古屋市に戻つたが、この際自動車を利用し、その運転手日当及び高速道路料金、ガソリン代等合計で少なくとも五万円を支出したこと、昭和五九年一〇月一六日には東京厚生年金病院へ転院したが、その際新幹線のグリーン車を利用し、付添者二名分を合わせて三万八七〇〇円を支出したことを認めることができ、右合計は八万八七〇〇円となる。

(2) 通勤交通費(請求も同額) 一三〇万九七〇〇円

甲一六、甲二三(成立は原告伸彦本人)、甲二九、証人伊藤晴夫、原告伸彦本人によれば、原告伸彦は昭和五九年一〇月から昭和六一年七月までは両松葉杖、昭和六一年七月以降同年一〇月二八日までは片松葉杖、同年一〇月二八日からは杖による歩行を必要としたため、松葉杖の期間は公共交通機関を、杖歩行の期間は、ラツシユ時の公共交通機関を利用することができず、昭和六三年一月二五日までタクシーを利用したこと、前記(五)(1)判示の期間は霞友会館から勤務先まで往復一回当たり一五八〇円、一六回で合計二万五二八〇円を支出したこと、前記(五)(2)判示の中央区在住の期間は同区から勤務先まで往復一回当たり一四二〇円、五九〇回で合計八三万七八〇〇円を支出したこと、前記(五)(2)判示の江東区在住の期間は同区から勤務先まで往路のみで一回当たり一六三〇円、二七四回で合計四四万六六二〇円を支出したことが認められ、右の合計は一三〇万九七〇〇円となる。

(3) 通院交通費(請求も同額) 一一万円

甲二九によれば、原告伸彦は前記争いのない事実判示のとおりの期間に東京厚生年金病院に二二回通院し、右(2)判示のとおり公共交通機関を利用することができないためタクシーを利用し、往復一回当たり五〇〇〇円を支出したことが認められ、その合計は右金額となる。

右(1)ないし(3)の合計額は、一五〇万八四〇〇円となる。

(八) 後遺障害による逸失利益(請求二七九九万六九五七円) 一七一三万五三〇五円

(1) 後遺障害

甲一五の一ないし五、甲一六、甲一七、甲二〇の二、甲二九、乙二、乙三、証人伊藤晴夫、原告伸彦本人及び弁論の全趣旨によれば、原告伸彦は本件事故により前記争いのない事実判示の傷害を負い、股関節の可動域制限(健側である左側の屈曲が他動一五〇度であるのに対して、患側である右側は他動一二〇度。)、運動痛、局所の神経症状(右下肢のしびれ、痛み)、下肢筋力低下等の障害を残して昭和六二年九月九日症状が固定したこと、股関節については、大腿骨骨頭に部分的な骨壊死が認められたこと、将来において股関節の痛み惑いは変形が生ずる可能性はあるが、現症としての右後遺障害は後遺障害等級の一二級七号に該当することが認められる。

(2) 逸失利益

甲一五の一ないし五、甲一八、甲二八、甲二九、甲三〇の一ないし五、甲三一、乙一、原告伸彦本人によれば、原告伸彦は昭和三一年三月一五日生まれの男子であり、本件事故当時株式会社富士銀行に勤務し、四九〇万〇二九八円の年収を得ていたが、症状固定の前年である昭和六一年度には六七八万八七八七円となつており、むしろ増収となつていることが認められる。しかしながら、原告伸彦は、本件事故前、同銀行内で成績優秀で表彰されたり、社内試験に同期入行の社員の中でも早く合格し、国際部門に配属されて駐日オーストラリア大使館へ出向するなど、いわゆるエリートコースを歩んでいたものの、本件事故により欠勤が増えたことや接客・外回りができず、デスクワークしかできないこと等のため、同僚よりも出世において遅れをとるようになつたことが認められ、将来、本件事故がなかつたとすれば得られるべき通常の昇進を得られず、昇給や退職金等について不利益な取扱いを受ける蓋然性は大きいものというべきであるから、一定の逸失利益を認めるべきである。

(3) 右に認定したところによれば、原告伸彦は、前記症状固定の日から三〇年間を通じて、その労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

したがつて、右症状固定時に最も近い昭和六一年度の収入を基礎とし、ホフマン係数を乗じて原告伸彦の逸失利益の症状固定時の現価を求めると、一七一三万五三〇五円となる。

6,788,787×0.14×18.029=17,135,305

(九) 慰藉料(請求―入通院五〇〇万円、後遺障害三〇〇万円) 三五〇万円

(1) 入通院慰藉料 一二〇万円

原告伸彦の受傷の部位・程度、入通院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(2) 後遺障害慰藉料 二三〇万円

原告伸彦の本件後遺障害の内容・程度等を考慮すると、右金額が相当である。

右(一)ないし(九)の損害額の合計は、二八七〇万七四九九円となる。

3  原告千秋 合計一一五万六四八四円

(一) 治療費(請求も同額) 二七万三八四〇円

右金額については、当事者間に争いがない。

(二) 看護料(請求も同額) 一八万四〇〇四円

右金額については、当事者間に争いがない。

(三) 入院雑費(請求も同額) 一万七〇〇〇円

原告千秋は、前記争いのない事実判示のとおり、合計一七日間入院し、その間の入院雑費は一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、一七日間で右金額となる。

(四) 休業損害(請求も同額) 三五万円

右金額については、当事者間に争いがない。

(五) 交通費(請求も同額) 八万一六四〇円

甲二五の一ないし四(成立は原告伸彦本人)及び甲二九によれば、原告千秋は、昭和五九年八月二五日、原告伸彦が金沢大学医学部付属病院へ長期入院することになり、身の回りの整理のため川崎市の自宅へ帰宅したこと、同年一〇月一六日には原告伸彦が入院している東京厚生年金病院の医師より至急金沢大学医学部付属病院へ原告伸彦のレントゲン写真のコピーを取りに行くよう指示されて、都合二回いずれも東京・金沢間を往復し、一往復につき金沢・小松間のタクシー代往復分として一万二五六〇円及び羽田空港・小松空港間の航空運賃往復分として二万八二六〇円を支出したことが認められるので、その合計は八万一六四〇円となる。

(六) 入院慰藉料(請求三〇万円) 二〇万円

原告千秋の受傷の部位・程度、入院期間等を考慮すると、右金額が相当である。

(七) 観劇券失効による損害(請求も同額) 五万円

甲二六及び弁論の全趣旨によれば、原告千秋は昭和五九年九月一〇日から一二日開催予定の観劇券を購入していたが、本件事故により失効を余儀なくされたこと、その価額は少なくとも右金額であることが認められる。

右(一)ないし(七)の損害額の合計は、一一五万六四八四円となる。

三  損害の填補

原告高志が被告から四七六万九〇五〇円及び自賠責保険から二〇九万円を受領した事実、原告伸彦が被告から三八五万一八〇四円及び自賠責保険から二〇九万円を受領した事実並びに原告千秋が被告から九〇万七八四四円を受領した事実はいずれも当事者間に争いがないので、右各金額を原告らの損害額の合計から控除すると、被告が原告らに対して賠償すべき損害額は、原告高志につき一九九二万四四七八円、原告伸彦につき二二七六万五六九五円、原告千秋につき二四万八六四〇円となる。

四  弁護士費用(請求七〇三万円) 二一二万円

原告らが被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、本件事故時の現価に引き直して、原告高志につき一〇〇万円、原告伸彦につき一一〇万円、原告千秋につき二万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告らの請求は、原告高志につき二〇九二万四四七八円、原告伸彦につき二三八六万五六九五円、原告千秋につき二六万八六四〇円及び右各金員に対する本件事故当日である昭和五九年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅廷損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 寺本榮一 深見玲子 村越啓悦)

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